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『人生の帳尻』
私と御付合いして下さってる方々は一代で成功された方が多い。この方々の
食べ物には共通点がある。それは皆さんグルメだと言う事だ。若い頃には貧
しくて食べたい物を食
べられなかったんだろうと推測している。私は大学生の頃、昼飯代がなく昼抜
きだったからこの方々の食へのコダワリが十二分に理解出来る。私は朝昼晩と
三食食べられる事が第
一目標だった。次は食べたい物を腹一杯食べる事だった。
しかし美食に走ると体に来る。血糖値が上がったり血圧が上がったりだ。
そこで御付合い下さってる方々は食事制限、カロリー制限をなさっている。制
限しなかった私のよう
なバカは脳梗塞を罹患した。東海大学医学部の松崎教授がこのような事態を懸
念して事前に薬を処方して下さったのに、自覚のない私は薬を服用してなかった
。後1時間遅れてた
ら命が無かったと言う危篤状態を緊急手術で日本医科大高度救急救命センターの
荒木尚先生、佐藤秀貴先生の医療チームに救って頂き10日で退院。奇跡的に
後遺症皆無で助かった
今は流石に自粛している。
食事を自粛しないと脳か心臓に来る。自粛しなくてカクシャクとしているの
は、フラ印のポテトチップスの創業者・濱田音四郎氏くらいだろう。濱田さん
は戦前戦中とハワイ在
住だったから体がアメリカ人的な食物に慣れていらっしゃるのかも知れない。
それに健康管理には人一倍きを使われていらっしゃる。
子供の頃見たアメリカのホームドラマで朝飯に卵2つと言うのに憧れたと同時
に「こんな国と戦争して勝てる筈はない」と子供心にも痛感したものだった。
終戦後マッカーサーの
食事の準備であの帝国ホテルですら卵の調達に苦労したそうだ。私の子供の頃
は病気見舞の手土産が卵だったし、新婚旅行の見送りの差し入れも卵だった。
東京駅のホームで悪友
と思しき連中が卵を手渡して「今夜頑張れよ」なんて言ってる光景を目にしたも
のだった。当時の卵はユンケルのようだった。
新赤坂クリニックの松木先生(土光さんの経済ミッションで当時のソ連に同行
)から興味深い話を伺った事がある。 先生が昭和30年にフルブライトでアメ
リカに留学した時、解
剖用に持参した鋏が2〜3日でボロボロになったそうだ。アメリカ人の動脈硬
化で血管が針金のようになっていたとの事。高度経済成長を経てバブル期には
日本でも鋏が同様にボ
ロボロになったそうだ。
こうして考えてみると、個人差はあるにせよ、1人の人間が一生のうちに食べ
られる量、出来る仕事の量、稼げる金額が自然に決ってるような気がしてならな
い。 それを短時間で
コナスと寿命が縮まって早逝する気がする。
アメリカのジョークでおもしろいのがある。神様から何でも欲しい物をやる
と言われた男が一生困らないだけの金が欲しいと言い、神様が金をくれた。し
かしその額の少なさに
男が不満を言うと神様は「これでも充分過ぎるんだよ。どうせお前は明日死ぬ
んだから。」
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