|
『見事に開花した教え子達』
31年前に教壇に立った時以来一貫して私の教育理念は社会に貢献できる人間
教育だ。「英語ができない位でガッカリするな」と叱咤してきた。
教え子のOY氏の紹介でミクシーに参加して教え子からの問い合わせが多々あり
再会を果たせた。私のPC処理能力はメイルの交換だけ。HPの管理はPC
の今では専門家に成長してる教え子のOT氏がやってくれている。
ミクシーの写真は矢張り教え子でラジオ局のプロデューサーのN氏が載せてくれた。
私と判らぬようやってくれたが、流石に教え子達
には判ってしまうようだ。先月はミクシーで判明した教え子のA氏(代々木ゼ
ミナール横浜校での私の最後の教え子)が私の講演先に花束を持って会いに来て
下さった。交通事故
で車椅子なのに猛暑の中を御越し下さった。この猛暑の中をと思うと帰りの車
中で涙が止まらなくなった。私は仕事中だったので充分な対應ができず申し訳
ないと言う気持だけが
残った。芸術家になってるK氏、米軍基地勤務のF氏N氏。N氏は私が駆け
出し講師だった頃の代ゼミ大船校の教え子だ。医師のM氏も皆人格者に成長し
てくれた。自動
車評論家で記事を週刊誌に書いてるY氏。杉並区内で農業を営むI氏(小欄で
紹介済み)は「住宅街で農家をやるとご近所に迷惑がかかっている」
と言って作物を配る事もあると言う。
I氏は「先生に出会えて僕の人生が180度変わりました」と仰って下さる。
I氏は東進ハイスクールでの最後の教え子。
皆一様にそれぞれの職域で一流であるのみならず
、高潔な人格者で既に私を超えている。
しかし私が彼等にした事は逆上がりの腰を押した程度でしかない。
基本的に
は御両親様の家庭教育と本人の能力と努力の賜物だ。子供が居ない私は彼等に
会う度に「自分の息子
だったらどれ程嬉しいか」と思う反面、「彼等の御両親のように、俺にここまで
の教育が出来ただろうか」と反問し、人間教育の難しさを改めて痛感するのであ
る。
|